紛い品 コウヅキ様 |
今日も天気がいいと腕を伸ばして、海岸沿いを一人てくてくと歩く。今日の飯は何だろうと、いつのまにかプロ顔負けの料理を披露するようになった元部下の朝飯を当たり前のように相伴に預かるつもりでいた。もちろん、朝飯だけではない。昼も夜もいつも頂戴している。昨日は、ロッドが捕まえたサメを元にシーフードパーティだった。今朝は肉が食いてぇなぁと呟きながら歩いていく。 いつもより早くに目が覚めてしまい、特にすることもなくて歩いていた朝の散歩。そういやこの辺で沈められたんだっけかな、と自分達の特別機の残骸が岩場に少しだけ残っている付近を見渡す。 「…へぇ。コレ無事だったんか」 てっきり、あの怪獣に食われてしまったと思ったのに。元は見事な黄色をしていたハズのぬぐるみは、雨風に晒されてかなり汚れてしまっていた。ぽんぽんと叩くと埃は舞うが、どうやら何処も破れてはいないらしい。 「洗ってやるか」 ◆◆◆ 仕事がなく暇なので、休暇がてら日本へ繰り出そうと言ったのはロッドだった。マーカーと二人で行こうと誘って燃やされている横で、Gがハーレムに雑誌を差し出したのだ。 「へぇ。こんなアトラクション増えたのか」 身体のサイズに全く合っていない服を着た黄色のクマが主役のテーマパークのコーナー。蜂蜜が好みというらしく、大抵の絵には蜂蜜を食べているシーンが描かれている。こんなに好きなものしか食べないキャラクターを前面に出して、好き嫌い言おうものなら叱られるお年頃のお子様を集約していいのかねーと思いつつ、心が少し躍るのはハーレムもこのテーマパークが好きだからだ。 「行くか」 クマ好きのGならば、見た目からはわからなくても、実際には浮かれて付いてくるだろう。ウキウキした気持ちを隠すことなく誘ったハーレムに、けれどGは軽く首を傾げたのだ。 「行きますか?」 誘うつもりで雑誌を見せたのではないのだろうか。 「なんだよ。お前だって好きだろーが」 「…ハイ」 お前だって。俺だって。…アイツだって。 ガシガシと頭を掻いて、テーブルに放置していた煙草を掴んだ。そういうことな。一本を取り出して咥えると、昔から使っていて値段の割に手放せないでいる古ぼけたオイルライターで火を点けた。派手好きだけれど、使う物には愛着とこだわりを持つ。一度気に入ると手放すということは考えられない。紛失でもしようものなら、全てを破壊してでも探し出すくらいだ。昔一度このライターを見失った時には、街一つを破壊したことがある。 「あの不肖の部下は、いずれ焼き入れてやるぜ」 ガンマ団本部の随所を盗聴しているが、あのパプワ島を見つけたという報告は聞こえてこない。シンタローならば何が何でも探し出すと思ったのに、彼は新総帥としての役割をこなすことしか頭にないらしい。もしくは、そうすることでパプワ島のことを忘れようとしているのか。 若いっていうのはいいねぇ。無駄なことを無駄と気づかずに、足掻いて悪足掻きして。 「お前も若いねぇ」 苦笑したハーレムに、Gが小さく首を振る。 「若くはないですよ。…だから、わかっているつもりです」 何を?問いても答えないだろうことは目を見れば明らかだったので、ハーレムもそれ以上は突っ込まない。必要最低限なことしか言葉にしない。それが、ハーレムとしてはGを気に入っている一番の理由だ。彼の意図を知りたければ、少ない言葉と目に浮かぶ彩と、そこから読み取るしかない。一種のゲームにも似た感覚。 「アラシヤマも誘うか」 からかう対象がいなくてはつまらない。華がないのでは、空しいばかりだ。いつもその役割を一身に受けてきた一番年下の部下は、あろうことか自分を裏切って、自分の心のままに未来を選択してしまった。 アラシヤマならば昔の縁でからかう対象とまではいかないが、一応、華にはなるだろうし。多分、そうすれば新総帥もついてくるだろう。いや、ついてこさせる。その辺の扱いには自信があるのだ。そうすれば、これ以上に楽しい玩具はないだろう。 「京美人なら、隊長の甥っ子さんとランデブーです」 「あ?」 「二週間前から、西の国へ新総帥自ら征伐に出向いてます。アラシヤマはそれについて行っているようです」 ロッドの言葉を、マーカーがわかりやすく端的に説明する。そう言えば、そんなことを盗聴マイクが話していたなぁ、と思い出して、アラシヤマもシンタローもいないのでは、玩具がいないと小さく唸った。 「ま、いっか。んじゃ華無いまま、野郎四人で空しく行こうぜ!」 「本当に空しいですね…」 マーカーの言葉にロッドがにっこりと微笑んで、その肩に手を置いた。 「お前がなればいいじゃん」 充分、素敵な華よ?軽い口当たりで囁かれた言葉に、視線を動かさない代わりに薄い唇を動かした。 「燃えてろ」 悲鳴をあげて飛び回るその姿を、ハーレムは豪快に笑い飛ばした。 ◇◇◇ 海水はマズイだろう、と川の上流に突っ込む。途端に汚れる川の水に、相当汚れていたんだなぁと妙に感心してゴシゴシと動かせば、だんだんと買った時と同じ黄色を取り戻していく。 色も形もあの蜂蜜好きのクマにそっくりではあるが、よく見ると実は違うクマなのだ。 あの無意味な服も着ていないし。祭りの出店の、射的で貰った紛い品だ。 「積んでたの、忘れてたぜ」 テーマパークへと足を運んでも、何も買うことはなかった。散々、乗り物には乗ったし、食いたいものは食った。遊びに遊んで、楽しむだけ楽しんだのに。 それが心の底からか、と問われたら、ハーレムには返す言葉は見つからなかった。 Gの言葉をよく考えるべきだったのだ。彼は、わかっていたに違いない。 乗れば乗るだけ、食べれば食べるだけ、…遊びに遊んで楽しめば楽しむほどに。 淋しいとは、こんな感情だったのかと突きつけられた。その存在がないと、そう思うだけなのに。 誰もが不自然なまでに騒いでいた。不自然なまでに、彼の名前を口にしなかった。わずかな短い年数の間、傍にいただけの存在にこんなにも心奪われていたとは思わなかった。 それに気がつくのに、四年近くもかかったなんて。 「お。結構、キレイになったじゃん」 あとは絞って乾かせば、ほぼ元通りになるだろう。この天候だ。スグにも乾くに違いない。 こんな風に、何もかも簡単に元通りになればいいのに。 「ありゃ」 強く洗いすぎたか。絞る時にどこか引っ張ったか。尻尾が少し解れている。 「…何でもそうは簡単にいかねぇか」 苦笑して、手のひらで軽くぬいぐるみを叩く。射的の親父が「よく出来てるだろ〜」と屈託なく言ったのを思い出す。紛い品であることを承知で、景品にしていた。一回200円の射的の景品としては相応しいのかもしれない。そして、自分の手元にくる品としても。 いつかリキッドにくれてやろうと、いつ来るかわからない確率の低い再会の為の品ならば、こんな紛い品で充分だったのだ。再会できる確率が低ければ低いほどに、充分だったのだ。 本物では、あまりにも辛すぎて。再会できない確率と比例するかのように募る思慕。それを認められないほどに、まだ大人になりきれていなかった。 「わかってなかったんだよな」 そう。ハーレム一人がわかっていなかったのだ。 無駄と気づいていても切り捨てられず、足掻いて悪足掻きすることが必要な時だってある。切り捨て、足掻くことを止めることは、単なる諦めだ。諦めることで、自我を保とうとするなんて愚か者のやることだ。そう考えると、どうしても苦笑がこぼれてしまう。 諦められないのだと自分の中で認めた途端に、確率の低かった再会は、あっさりと実現してしまった。神様もまだ粋なことをしてくれる、と感謝さえ覚えた。 夢のような平和な毎日の中で、いつしか来る再度の別れに怯えながら。 もし、まだ神様が粋なことをしてくれるというのなら。今度こそ一緒に、本物を買いに行きたいとハーレムは願っていた。 END |
04.10.17UP 自分絵に萌え話をいただけるなんて最高のご褒美です!コウヅキさんありがとうございましたっっ。 コウヅキさんのサイトはこちら→彩空亭 |