会いたいねby鈴置万里子 |
そばにいて 声を聞きたいんだ でも本当は、ちゃんと見つめあえる距離にいたい 城之内は海馬に無性に会いたいと思うのだ。 顔が見たいし、いつもの悪口雑言でもいいから、声が聞きたかった。 なによりも、あの男の体温が恋しいとさえ思う。 ふだんは恋人に対してもいたって淡白な城之内だけれど、それは相手を思っていないからじゃない。ただ、彼はそういった付き合い方に慣れてないだけだ。 そうでなくても、お世辞にもほめられた性格じゃない相手とは、ふつうに会話することさえ難しかったから。 甘えたり、わがままを言ったり。そんな当たり前のことも城之内は素直にできなくて。たいがい意地っ張りな自分がイヤになってしまう。 以前は罵りあっていれば良かったから、ラブラブな恋人同士が使う言葉なんて彼のボキャブラリーには含まれていない。それはきっと、海馬も同じ。 悪口ならいくらでも出てくるのに。いつだってけんかしてるみたいな会話しかできないから、城之内はため息しか出てこないのだ。 「ホント、バカだな、城之内…」 「モクバ…」 「ようやく兄サマに連絡してきたと思ったら、用件があれじゃあ…それは兄サマだって怒るよ…」 海馬だって機嫌を損ねもするだろうってモクバは言う。 苦労人なモクバは、小学生にして人生を達観しているフシがある。わが道しか行かない海馬のような兄を持つと、弟は気配り上手になるのだ。 もっとも、モクバがこんなふうに自分からすすんで電話をしてまで気にかけるのは、兄の恋人である城之内だけだ。モクバはいつだって、海馬の幸福が最優先事項だったし、そうでなくても城之内のことは相当気に入っていた。もし兄の恋人でなければ、年の差など関係なく、近い将来には自分のものにしようと画策していたかもしれない。 「だからって、あんなふうに電話をたたっ切ることないだろ…」 しかも今度は遊戯のことまで負け犬呼ばわりだ。城之内も海馬の苛烈な性格は承知していたつもりだったけれど、ほんの少し離れていた間に耐性が薄れてしまったのかもしれない。それくらいには、海馬の口調や態度はショックだった。 せっかく教えられていた番号に電話したというのに、ほとんど一方的に回線を切られてしまったのだった。 モクバの目には画面の向こうの城之内の変に明るい素振りが、かえって彼の本心をさらけ出しているように見えた けれど、海馬には仲間たちと馴れ合っている姿を見せつけられているようで我慢ならなかったのだろう。 要するに、嫉妬だ。 けれどきっと本人でさえ自覚していない感情を、ただでさえ鈍い城之内に察しろというほうが無理だから。 互いの感情は行き違うばかりで。モクバから見ても羨ましいくらい想い合っているはずの二人なのに、なぜか気持ちが伝わっていない。 「けどさ、モクバ…そうはいうけど、みんなの見ている前でオレにどうしろって言うんだよう…」 二人きりならまだしも、背後には悪友たちがいて。遊戯の魂が闇にとらわれてしまった非常事態に、どんな顔をすればよかったというのか。 城之内も小学生相手に恋愛相談みたいなことをしている自分にイヤケがさすのだけれど、海馬の話をするのにモクバ以上の適任者はいないのだから仕方がなかった。 「っていうか、兄サマと城之内って、遠距離恋愛向きじゃないんだよね?」 この二人はきっと、離れていたらダメなのだ。 そばにいたってけんかしていることのほうが多かった。だけど、それだけ仲直りのキスもいっぱいするからうまくいっている。 実は海馬は城之内がかたわらにいさえすれば機嫌が良くて、モクバや使用人がいても気にしないくらい、この恋に夢中だということを隠そうともしなかった。 それだけ彼は本気で真剣だということ。ただでさえ激情化の男が、本当は一日だって恋人と離れていられるわけがない。 多分海馬にとっては、損得も、理性も常識も蹴り飛ばした、最初で最後の激愛になるだろうという予感があった。 それなのに。 キスができない距離というのが、そもそもの間違いなのだ。 「う…モクバ…それって、オレたちダメになりそうってことか………」 「そうじゃなくて…」 海馬の一方的な拒絶が結構城之内には応えているのだと、らしくなくしおれた様子からもわかる。 城之内はふだんはどちらかというと恋人に対しても淡泊で。なによりも、彼がアクションを起こすより先に海馬の情熱に流されてばかりいたから。 こんなふうに自分から伸ばした手を振り払われると、どうしていいかわからなくなる。 恋する者特有の臆病さで、相手の行動をすぐに好き嫌いに結びつけてはかってしまうのだ。 多分、テレビ電話なんかで中途半端に繋がってしまったせいで、心細いような気持ちになってもいるのだろう。 会いたくて、会えなくて。そんなことがガマンできないなんて、城之内には初めてだった。 今すぐここに。手を伸ばしたら触れられるところにどうして海馬がいないのか。 ただ電話を切られただけのことが、バカみたいにショックで。 城之内はどうしようもなく泣きたいような気持ちになってしまう。 海馬のぬくもりを感じられないことが、こんなにも辛い。 そばにいられない今の自分たちの立場が、悔しくてたまらなくなる。 うつむいてしまった城之内に、モクバがそっと声をかける。 「城之内、兄サマとダメになったりしたくないなら、ちゃんと本当の気持ちを言って。」 そうしたら、兄サマに伝えてあげるって。 きっと面と向かっては言いにくい城之内の心情を思いやるようなモクバの優しさに背中を押されて。 城之内はうつむいて目を閉じたまま。多分これまでの人生で一番恥ずかしい思いを味わいながら、海馬とダメになりたくない一心で本当の思いを口にした。 「………海馬に、会いたい…」 「…オレもだ。」 「っ、……海馬…!?」 目を開けたとき、画面の向こうにいたのはモクバじゃなかった。 海馬は渋い顔で。けれど、城之内に怒っている様子はない。 どちらかというと困っている海馬は、必死に自分を抑えているのだ。 今すぐ城之内を奪いに行きたい気持ちを留めることができそうもなかった。 モクバが部屋を出て行くのを視界の隅に確かめながら。海馬はいつか城之内が彼の耳元でその声が好きなんだと恥ずかしそうに告白したことを思い出しながら、夜の表情とともに低くささやきかける。 それだけで真っ赤になってしまう城之内を、相変わらずかわいいことだと思いながら。海馬は今すぐ会いにいけないならせめて声だけでも繋がれるよう、篭絡するための手管を考える。 きっとこのままどんな恥ずかしいマネもしてしまえるくらい、互いに夢中なのだと確かめたかった。 どんな方法でも熱を分け合うのは恋人として当然の権利だと、目を合わせて城之内をその場から動けないようにしながら、海馬は城之内を煽るべくゆっくりと口を開くのだった。 そこから先は、恋人同士にだけ許された秘密の時間。 03.6.15 UP 三月コメント; ありがとー万里子さんっっ。城之内がすっげカワイイんですけど・・。しかもプチモク城風味!! 見た人にはわかるとは思いますが6/10に放映したアニメ159話の城之内が社長に電話をした回が元ネタです。放映直後に電話でお互い大興奮しながら妄想語りしましたが、こんな風に形にしてサイト用に書き下ろしてもらえるとは思いもしなかったです。本当ありがとね、万里子さん。 |