熱 視 線 by鈴置万里子 |
千年アイテムのひとつである千年パズルの中で長い眠りにつきながら、彼はずっと探しものをしていた。 自分の名前、というのも重要ではあったが、呼ぶ者がなければそんなものには意味がない。 本当に長い時間を一人で過ごしてきた彼には、どうしても欲しいものがあった。 飢えている、といってもいい。 この頚木から解き放たれれば、すぐにでも喉笛に食らいつく。それほどの飢餓感。 じりじりと焦燥に焦がされながら、彼はその時を待ち望んでいた。 人間たちは勝手に彼を願い事をかなえてくれるお守りのようなものだと思っているようだったが、それは違う。 彼はそんなものではない。 ただ、自分自身の欲するところにのみ正直な、自我のみの存在。 だから彼が捜し求めているものがないなら、そんな世界になど興味はなかった。 誰もパズルを組み上げることができなかったのは、そのためだ。 ようやくそれを見つけたときには、彼は思わず歓喜の声を上げた。 武藤遊戯という、血と肉を兼ね備えた宿主として選んだ相手の視線の先にあったものが、いたく彼のお気に召した。 遊戯のほのかな憧れの対象である彼は、一見乱暴で粗野な態度しか見せないけれど、その裏にひそむ優しさの形が他の誰とも違っていた。 昼休み、一人で教室に残った遊戯を気遣うよう、声をかけてきたりする。どちらかといえばマイナスの感情しかない相手のことも、そんなふうに自然に気に留めることができるから。それは大げさなことではなく、ほんの僅かな視線とか言動だったりするのだけれど。 友人とか恋人とか家族とか、そんなくくりがなければ、存在さえ視界に入れようとしない。赤の他人の生き死にはまるで無関心な群れの中で、彼だけが違う生き物だった。 そのまなざしはまっすぐで、パズルの中、永遠の孤独と虚無を漂う彼にも向けられているようにみえた。 闇の淵に沈む淀んだ澱の底まで届く光を持つ存在を見つけて彼は狂喜した。 その瞬間、決してはまることのなかった最後のピースは嵌められていたのだ。 絶対に手に入れる。 専制君主である彼がそう決めた。 時間もなにもかも超越してこの思いを遂げて見せると、生まれながらのファラオは視線を定めたのだった。 『城之内克也』 それが彼の欲するただひとつの名前だった。 健やかな眠りについている城之内の寝顔を飽きず見つめて、彼はそっと柔らかい髪に触れてみた。 「もう一人のボク………」 「大丈夫だ、相棒。…なにもしない。」 心配そうな内からの声をなだめながら、彼は指を絡めて、一房を玩ぶ。 「城之内くん、すごく疲れてるみたいだよ。」 「そうだな……」 遊戯の家に遊びにきて、引き止められるまま夕食をいっしょに摂った城之内はそのまま泊まっていくことになった。 だけど城之内は夜型の遊戯と違って、早い時間に布団になついてしまった。彼はすこぶる寝つきが良く、加えて一度眠り込んだらなかなか目を覚まさない。 自分のベッドの真ん中を城之内に譲って、二人はあまりにも無防備すぎる寝姿を眺めている。 「だめだよ。」 さらにイタズラしはじめた彼を、遊戯がやめさせようとして重ねて咎める。 「起きちゃうから、よしなってば…」 だが彼は本来の持ち主の意向にはまるで頓着しない。 「もう本当に城之内くんが絡むとひどいよね、もう一人のボクって……。譲らないし。わがままだし。強情……」 あからさまな執着に、ため息のひとつもつきたくなる遊戯だ。 「…城之内くんも、無理言って泊まらせたのはボクだけど、少しは学習したほうがいいよね。後から泣く目に合うのは自分なのに。」 いいかげんこのパターンにはひっかからないだろうと思ったのに、強引に押したら断りきれない性格は一度心を許した者にはどこまでも甘くてお人よしすぎる。 「あーあ、ほんとに爆睡しちゃってるし…」 少しは考えたほうがいいと思うと、半分保護者のような気持ちで遊戯はぼやく。 「オレはうれしいがな。」 「だから、ダメだって…」 いいかげん遊戯もこのせりふは言い飽きた。 もう一人の自分は目を離すとすぐに城之内に手を出そうとするから、油断もすきもない。 彼は最初から城之内だけを特別視して、他の人間には目もくれようとしなかったから。遊戯にも、祖父でさえ組み上げられなかったパズルを自分が所有している意味がすぐわかった。 だからそういう意味でもう一人の自分が城之内を欲しがったときも、しかたないとは思ったのだ。 欲を覚えるのはかまわない。体を重ねたいと思うのも。願いは願いとして遊戯は尊重する。 その上で、あくまで同意ということでなら、とやかくは言いたくない。 それくらい、もう一人の自分の思いは真摯で、正直怖いくらいの激情を秘めている。 問題は彼らが体を共有している以上、城之内が首をたてにふることはないということだ。 「もういいかげんにしたほうがいいよ?毎回無理やりじゃ、そのうち城之内くんに愛想をつかされるってば。」 多分、そんなことはないだろうと思いながらも、遊戯はせめてもの忠告をする。 城之内は絶対に彼らを見捨てない。 それがわかっていて、遊戯だって甘えている自覚はあるのだ。 一応体の持ち主は遊戯なのだから、本気で城之内に嫌われそうだと思ったら、なにがどうでも、もう一人の自分を止めた。 二人の心にひとつの体。 その存在を等しく認めて、城之内の態度が変わることはなかった。 けれどその情につけこむように彼を奪うのは違うだろうと、遊戯はもう一人の自分に言い聞かせるのだが。 「だいたい、卑怯だよ、君って。」 もちろん、相手は遊戯の説教だって聞こえないふりだ。 「一番最初だって、泣き落としなんかして…」 ごめんって謝りながらも容赦なく、それこそ城之内が気を失ってもやめなかったのだ。 「その後、介抱したのはだれだと思ってるの?ボクだって一生懸命あやまったんだからね。」 「どうしてもやめさせたいと相棒が思えば、止めることはできただろう。」 それこそ、この体の正当な持ち主なのだから。 遊戯が全力で抗えば、いかに彼でも相応の対処を迫られる。 「よく言う…」 遊戯は真っ赤になっている。 いいかげん後戻りのできない状態に人の体をしておいて、どうしろと?彼だって健全な男子高校生なのだ。 もう一人の自分に引きずられている自覚はあるのだけれど、最近では城之内にあらぬ色気まで感じるときがあって焦っている。 もちろん、もう一人の自分はそんな反応を面白がっていた。 むしろ、してやったりというところか。 「都合のいいときばっかり、ボクのことたてにしてさ。」 遊戯にはあまり城之内が強く出れないことを知っていて、決定的な答えを聞かないようにうやむやのまま城之内を繋ぎとめようとしているとしか思えない。 「相棒……そう怒るな。」 「怒りたくもなるよ。」 「なら、言わせてもらうが……童実野埠頭でのあの告白はなんだ?」 「君がぐずぐずしてるのが悪いんだよ。それに、本当に最後かもしれないって思ったから、自分の心に一番正直な言葉を選んだんだ。どうせ城之内くんはあのときのこと、あんまり覚えてないみたいだし、気にしなくてもいいでしょう。」 城之内はマリクの洗脳のせいで、すべてをはっきりと記憶しているわけではないらしい。 「だからって、あれはないだろう…?」 大好きだよなんて、ストレートすぎる直球勝負の言葉に、パズルの中で彼はほぞを噛んだ。 「だって、本当だし?悔しかったら、自分もちゃんと告白してみたら?」 大好きを越える言葉ってなんだと思うって、遊戯は彼を煽る。 だが、それには苦笑しか返らない。 「城之内くんには、変にまわりくどいやりかたより、はっきり言ったほうがいいと思うんだけど…」 他人から向けられる情を、城之内は無下にはしない。けれどそうして得られる答えを、彼は恐れているのだろうか。 「……そうだな。…だから体を重ねるのは有効だろう?」 その切り替えしに遊戯は頭を抱える。 「悪いな、相棒、しばらくだまって見ていてくれ…」 ダメなら中で寝ていてくれてもかまわないと言い置いて、彼は本格的に城之内にイタズラをしかけることに決めた。 健やかな眠りの世界にいる彼をこちらがわに引き寄せて自分のものにするべく、注意深く素肌を空気にさらしていく。 「……本当に知らないからね…」 流されて、また城之内は悩むだろう。 そんなふうに苦しめたりすることを彼だって望んでいるわけではないだろうに。 けれどこんなふうに手を伸ばせば触れることができる距離にいて、あきらめることなどできるはずがなかった。 触れるなと言われれば、腕を落とすしかない。 そんな彼の本気がわかって、遊戯もあきらめるよう見守ることしかできずにいる。 なにもかもが不確実で不安定な存在の彼には未来さえ見えなくて。自分に正直になればなるほど、すぐに消えてしまう言葉は口に出すことができない。 城之内の裡にきつく自分を刻んで、痕跡がいつまでも残ることだけをせめて願う。 自分の存在の証のように、そのことがどれだけ城之内を悩ませることになったとしてもやめられるわけがなかった。 言葉の代わりに、キスと愛撫を贈るから。 卑怯だとののしられても、彼のこの思いから目をそらさないでほしい。 同じものを返してほしいとは言えないけれど、視線に込めた気持ちをせめてわかってほしいと思うのは望みすぎだろうか。 いつものように泣きたい気持ちで城之内の嬌声を誘い出して、心ゆくまで奪う。 流されて受け入れることしかできずに、最後には彼を許してしまうしかない城之内を憎んでしまいそうだなんて、身勝手でひどいことを思いながら。 彼のいるほの暗い闇の底まで。 叶うならこの光を連れて行きたい。 03.8.10 UP 三月コメント; 専制君主のファラオ・・でも切ない系。すっげえツボです。 海城バリバリ驀進中脇見運転一切無しの万里子さんの貴重な王城です。本当はぷてらさんへの誕生日プレゼント(限定1冊のコピー本)だったモノなのですが、ぷてらさんと万里子さん二人の了承を得てサイトにUPさせていただきました。ありがとー! |